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東京高等裁判所 昭和38年(う)210号 判決 1963年5月30日

被告人 前田義正

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中百日を原審の言い渡した判示第一の罪の本刑に算入する。

理由

被告人本人の控訴趣意中事実誤認の主張及び弁護人の控訴趣意第一点ないし第五点について。

原判決挙示の各対応証拠を総合すると、原判決が昭和三十六年八月二十五日附及び同年九月六日附各起訴状記載の公訴事実を引用して認定した犯罪事実第一並びに同三十七年三月二十七日附起訴状記載の公訴事実を引用して認定した犯罪事実第二を優に認定することができ、記録を精査して検討してみても、各所論指摘の点につき原判決の事実認定には些さかの過誤も存せず、また所論指摘の如き瑕疵も認められない。各論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第六点について。

被告人に対する恐喝未遂被告事件の原審第一回公判調書を見ると、弁護人小田良英は右第一回公判期日において、被告人は本件恐喝未遂の犯行当時、酒を飲んで心神耗弱の状態に在つた旨主張したことが明らかであるのに拘らず、原判決を見ても特にこの点に対する判断が示されていないのである。

右の如く、第一審裁判所が弁護人より被告人が行為当時心神耗弱の状態にあつた旨主張されたに拘らず、その判断を判決に示さなかつたのは、刑事訴訟法第三百三十五条第二項に違反したものであることは、正に所論のとおりである。しかし、心神耗弱の主張に対する判断の遺脱は、同法第三百七十八条(第四号)所定の絶対的控訴理由に該当せず、同法第三百七十九条所定の控訴理由(訴訟手続の法令違反)に該当し、従つて、右判断遺脱があつても常に必ずしも判決に影響を及ぼす訴訟手続の法令違反ということはできないのであり、若し心神耗弱の事実が証拠上認められ若しくは疑われる場合であるのにその判断を遺脱した違法があれば、その違法は判決に影響を及ぼすものとして第一審判決を破棄する事由となることも窺われるのであるが、本件においては、犯行当時被告人が心神耗弱の状態に在つたことは記録上これを確認するに足りる証拠がなく、却つて、右被告事件の第二回公判期日における証人茂木隆治の供述及び原判決挙示の対応証拠を綜合すると、犯行当時の被告人は多少酔つてはいたものの、事物の是非善悪を弁識し又はその弁識に従つて行為する能力が著しく減弱した程に酩酊していたわけではなく、その精神状態は正常であつたと認めることができ、原判決もこの判断のもとにおいて被告人に刑責を負わしめたものと解せられ、原審における弁護人の前記心神耗弱の主張は結局において理由がないことに帰するから、原審がこれに対し特に判断を示さなかつた違法は、判決に影響がなかつたことと解すべきである。従つて、右の違法を理由として原判決の破棄を求める論旨は理由がない。(昭和二十八年五月十二日最高裁判所第三小法廷判決、最高裁判所刑事判例集七巻五号一〇一一頁以下参照。)

被告人の控訴趣意中その余の主張及び弁護人の控訴趣意第七点(各量刑不当の主張)について。

所論にかんがみ、記録を精査検討し、これに現われている本件各犯行の動機、罪質、態様、回数、被害の程度及びその回複状況並びに被告人の年令、性行、境遇、経歴、犯罪歴、その他一切の情状を総合して考察すると、原判決の量刑はまことに相当であるというべく、各所論摘録の被告人に有利な事情を斟酌しても、決して重きに失し不当であるとは認められない。各論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべく、当審における未決勾留日数中百日を刑法第二十一条により原審の言い渡した判示第一の罪の本刑に算入し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書によりその全部を被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂間孝司 栗田正 赤塔政夫)

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